寺家ふるさと村と横穴古墳群めぐり:小田急線・鶴川駅(024)―12.5km

[区間2] (07) 七面大明神⇒(08) 白坂横穴古墳群
(06) 沢山城跡―(07) 七面大明神―(08) 白坂横穴古墳群
(06) 沢山城跡―(07) 七面大明神
熊野神社からもと来た道を少し戻り、すぐの小道を右折し、住宅の間の細い道を道なりに東南へ進む。道はさらに細くなり、草におおわれ、山道の雰囲気になってきた。
「団体の方はお戻りください 三輪 七面山 山主」と表示されたゲートもある。サクラの木が植えられていて、春はきれいだろう。アジサイも見える。一帯は、私有地のようだ。
国土地理院地図の道路に従って北西側から歩いてきたが、沢山山(別名:三輪山/三輪七面山)には、南側の沢谷戸自然公園から登ったほうが、沢山城のかつてあった城郭の様子が分かりやすいようだ。
ところで、「たくさん」城、「七面」大明神、とは、なんとも興味を惹かれる文字面だ。
七面大明神は七面天女とも呼ばれ、当初、日蓮宗総本山である身延山久遠寺の守護神として信仰され、しだいに各地の日蓮宗寺院で祀られるようになったそうだ。その本地は、山梨県南巨摩郡早川町の七面山(標高1,982m)山頂にある寺(敬慎院)に祀られている神だという。
沢山城のほうは、よくわからない。「余湖くんのホームページ」という城郭専門のサイトがある。この中の「東京 > 町田市 > 小沢・市外の山から > 沢山(たくさん)城(三輪城・町田市三輪町上三輪)」に、余湖くんの推測と、城郭の復元図が載っている。
沢山城の歴史についてはよく分からない。現在もこの地を所有している荻野氏の先祖が城主であったのかもしれない。
「余湖くんのホームページ」の上記ページより引用
……
台地全体を取り込んだ城であったとすると、そうとう大規模な城であったということになるが、そのような規模の城であったのに城主すら分からないというのはなんとも不思議な話である。
あるいは村の城のようなものであった可能性もあろうか。

七面大明神の前には、登ってきた道よりも整備された道が通っているが、いずれの道も立ち入り禁止になっていて、もと来た道を戻るしかない。最初の民家の庭先の道を右折し、道なりに進むと、高蔵寺の裏門のすぐ近くに出てきた。
榧(かや)の木
三輪七面山の山すそに沿って、母屋だけでなく庭も立派な家々を見ながら東南に進む。道端や庭にきれいな花が咲いている。沢山城の土塁だったのか、右側が盛りあがっている。
「現在の国会議事堂造営の折シンボルツリーに選ばれ、運搬不能のため残った」榧 (カヤ) が残っている。
道は急な下りになる。竹林がある。左に上っていく綺麗な山道があり、横穴古墳群への道かと思って入っていったら古い墓地と鳥居が見えた。
もとの道に戻り、下りカーブを進むと、左側に階段が見えた。
[区間3] (08) 白坂横穴古墳群⇒(11) 三輪の森ビジターセンター
(08) 白坂横穴古墳群―(09) 雨水調整池―(10) 恩廻公園調節池―(11) 三輪の森ビジターセンター
(08) 白坂横穴古墳群
7世紀につくられたと推定され、13基の横穴墓が確認されている。このうち2基がフェンス越しに見学できる。
墓穴に近づくと、体につけていた虫よけ液もなんのその、蚊の大群がまとわりつき、構えて写真を撮る余裕がないのでブレてしまった。
詳しい説明が「古墳なう > 「白坂横穴墓群」(町田市指定史跡)」にあります。
(09) 雨水調整池
地図によると池があるようなので寄ってみた。
池には水がなく、「雨水調整池」との表示。鶴見川氾濫を防ぐためのようだ。せっかくなので一周してみる。
ここは沢谷戸自然公園の一角のようで、先ほど登った三輪七面山の南にあたる。雨水調整池の奥に、広場や原っぱが広がっていた。
鶴見川沿い
鶴川駅からずいぶん歩いて来て、鶴見川からも離れてしまったと思ったら、ここは鶴見川のすぐそばだった。
ふたたび鶴見川に沿って、ちょっと退屈な道だが歩いていこう。川に沿って、きれいな花が咲いていた。
オプション:椙山神社(下三輪)立ち寄りコース
鶴見川沿いのコースは、少々単調だった。今回は歩いていないが、椙山神社(下三輪)に立ち寄るのもよさそうだ (Googleマップの青い線)。
《調整池 (沢谷戸自然公園)―椙山神社 (下三輪)―鶴川地蔵尊―恩廻公園調整池 出口》
一説によると、椙山 (すぎやま) 神社が、このあたりの地名「三輪」の由来になっているらしい。笠をかぶせたような椙山神社の形が、奈良県の三輪山に似ているからだそうだ。
サイト「猫のあしあと」の椙山神社の項に記載されている境内掲示によると、「大和国の三輪の里(現奈良県磯城郡大三輪町)に鎮座する大神三輪神社の御神体である秀麗な三輪山に、この附近の山容がよく似ているところから元慶元年(八七七年)当地に勧請されたとの伝承がある。」
(10) 恩廻公園調節池
行き止まりに見えたところは恩廻公園調節池だった。鶴見川の氾濫を防ぐところだ。
ここで鶴見川を離れ、南に、山のほうに向かう。



































































































