忍城・さきたま古墳群・古代蓮の里を歩く (067)-7~12km

D) 古墳群

D) 古墳群の写真は、コチラ をご覧ください。

大日塚古墳から再び古墳通りにもどり、新忍川にかかる橋を渡り、湯本天然温泉ホテルを過ぎると左前方に、広々とした空間が見えます。

(20)さきたま古墳公園 新レストハウス―(21)埼玉県立さきたま史跡の博物館・さきたま古墳群[愛宕山古墳・石田堤・丸墓山古墳・稲荷山古墳・将軍山古墳展示館・二子山古墳―(29)前玉神社・浅間塚古墳・鉄砲山古墳・中の山古墳・奥の山古墳・瓦塚古墳・旧遠藤家住宅]―(06)埼玉県立さきたま史跡の博物館3,600m

さきたま古墳公園 新レストハウス

さきたま古墳公園にはいり駐車場のほうへ歩いていくと、新レストハウスがあります。ただし、きれいなイス・テーブル・トイレがあるだけで、売店やレストランはありません。(古墳公園内に食事のできる場所はありません。)


さきたま古墳公園は、埼玉県名発祥の地・行田市埼玉 (さきたま) にあります。5世紀後半から7世紀中頃までに作られた大型古墳が群集している公園です。

前方後円墳8基、大型円墳2基、方墳1基並びに小円墳群で構成される「埼玉古墳群」は、大宮台地北端の狭い範囲に大型古墳が密集する、全国でも屈指の規模の古墳群です。令和2年に国の特別史跡に指定されました。

約30haのさきたま古墳公園内には、国宝「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」などが展示されている「県立さきたま史跡の博物館」や、はにわ作り体験ができる「はにわの館」などもあります。

さきたま古墳公園 新レストハウス

広大な面積のさきたま古墳公園内にある古墳群を見てまわる前に、まずは「さきたま史跡の博物館」を見学し、歴史や出土物、マップなどの情報を得ておくことをお勧めします。
埼玉古墳群の古墳および前玉神社をすべてまわると、約3.6km以上あります。時間・体力・楽しみ方に応じて、このうち数か所をゆっくりまわるのでもいいでしょう。

埼玉県立さきたま史跡の博物館

さきたま史跡の博物館の国宝展示室には、5世紀末の古代国家成立のなぞを解くための超一級資料である「国宝金錯銘鉄剣 (こくほうきんさくめいてっけん)」が展示されています。細く長い鉄の剣に浮かび上がる、鮮やかな金色の細い文字を見ると、5世紀末の文明水準に驚かされます。
このほか、一括で国宝に指定されている稲荷山古墳の埋葬施設から出土したヒスイの勾玉や鏡などの副葬品も展示されています。足の上に載せた弦楽器を弾く人、盃を献上する人をかたどった埴輪も展示されています。
いちばん感動したのは鉄製の馬冑 (ばちゅう) です。これは将軍山古墳から出土した馬につける鉄のカブトで、全国でもまだ3例しか見つかっていないそうです。鉄のカブトをつけた馬が疾走してくると、今で言えば、戦車が向かってくる恐怖にかられることでしょう。
1,500年前、古代王権の様子が目の前に広がります。

■ 開館時間:午前9時~午後4時30分(入館受付は午後4時まで)
 ※ 7月1日~8月31日 午前9時~午後5時(入館受付は午後4時30分まで)
■ 休館日:月曜日 (祝日、振替休日、埼玉県民の日(11月14日)を除く)、12月29日~1月3日
 ※ その他臨時に休館する場合があります。
■ 観覧料:一般200円 ※ 将軍山古墳展示館も観覧できます。

詳しくは、埼玉県立さきたま史跡の博物館ホームページ をご覧ください。

埼玉県立さきたま史跡の博物館

古墳通りの北側にある古墳群を見てまわります。

さきたま古墳群[愛宕山古墳・石田堤・丸墓山古墳・稲荷山古墳・将軍山古墳展示館・二子山古墳]

愛宕山古墳
6世紀後半 前方後円墳 墳丘長54.7m
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/愛宕山古墳

石田堤
駐車場の脇から丸墓山古墳に向かう道は、忍城水攻めに際し、石田三成軍が築いた堤防の一部です。

丸墓山古墳
6世紀初め 円墳 直径105m
埼玉古墳群の中では標高が最も高く、唯一の円墳です。墳丘に登って周辺を360度見渡すことができ、目をこらすと忍城御三階櫓、これから行く古代蓮の里のタワーが見えます。
石田三成は忍城水攻めの際、城がよく見えるこの古墳の上に陣を張ったという伝承が残されています。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/丸墓山古墳

稲荷山古墳
5世紀後半 前方後円墳 墳丘長120m
埼玉古墳群の中で最も古く作られた大型古墳で、墳丘に登ることができます。
昭和43年の発掘調査により、後円部から2基の埋葬施設が見つかり、鏡や武具、馬具とともに、115の文字が刻まれた鉄剣が出土しました。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/稲荷山古墳

将軍山古墳
6世紀後半 前方後円墳 墳丘長54.7m
古墳の墳頂・中段・造りだしに埴輪(複製品)が立っています。
明治時代に後円部に造られた横穴式石室が発掘され、馬冑 (ばちゅう)、蛇行状鉄器などの馬具や、環頭大刀などの武器・武具、銅鋺などの容器など多くの豪華な副葬品が出土しました。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/将軍山古墳

将軍山古墳展示館
石室の内部を見学でき、石室に配置された遺物(復原)から古墳が作られた当時の様子が分かります。副葬品の実物は、さきたま史跡の博物館に展示されています。
[ 休館日 ] 毎週月曜日、年末年始(12/29~1/3)、ほか臨時休館あり
[ 観覧時間 ] 9:00~16:30(7/1~8/31のみ 9:00~17:00)※入館は閉館の30分前まで
[ 観覧料 ] 一般200円 ※ さきたま史跡の博物館も観覧できます。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/展示室-1/将軍山古墳展示館

二子山古墳
6世紀前半 前方後円墳 132.2m
かつての武蔵国の中で最大の規模を誇り、他の前方後円墳と同様、二重の長方形の周堀が周囲をめぐっています。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/二子山古墳

丸墓山古墳

前玉 (さきたま) 神社・浅間神社・浅間塚古墳

前玉神社は、さきたま古墳群に隣接する神社です。
高さ8.7m、周囲92mほどの浅間塚と呼ばれる古墳上に建てられております。
ご祭神は前玉彦命・前玉姫命の二柱であり、人の身を守り、幸福をもたらす神様が祀られています。

浅間神社は近世初頭、忍城中にあった浅間神社を勧請し、古墳上にある社を「上の宮」、中腹にある社を「下の宮」と呼んで、浅間さまの名で親しまれるようになりました。

詳しくは、⇒ https://sakitama-jinja.com/ (前玉神社ホームページ)

前玉神社

さきたま古墳群[鉄砲山古墳・中の山古墳・奥の山古墳・瓦塚古墳・旧遠藤家住宅]

鉄砲山古墳
6世紀後半 前方後円墳 墳丘長107.6m
江戸時代に忍藩により砲術訓練場として改変を受けた「角場」からは、鉄砲玉が数多く出土しています。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/鉄砲山古墳

中の山古墳
6世紀末~7世紀初め 前方後円墳 墳丘長79m
中の山古墳は埼玉古墳群で最後に造られた前方後円墳です。
その後、円墳の浅間塚古墳が造られました。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/中の山古墳

奥の山古墳
6世紀中頃 前方後円墳 墳丘長66.4m
古墳を巡っている長方形の二重の周堀の一部は、後から造られた鉄砲山古墳と一部重なっています。
出土した須恵器の子持壺は、全国的にも出土例が少ない、珍しいものです。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/奥の山古墳

瓦塚古墳
6世紀前半 前方後円墳 墳丘長73.4m
琴を弾く男子や馬を引く男子、首飾りを付けた女子など様々な人物の埴輪が出土し、一部はさきたま史跡の博物館に展示されています。
その他、家形や水鳥、盾などを模した埴輪も出土しました。
詳しくは、⇒ https://sakitama-muse.spec.ed.jp/埼玉古墳群紹介/瓦塚古墳

旧遠藤家住宅
幸手市にあった江戸時代末期に建てられた民家を移築したもので、面積は67.41坪あります。
一般公開されており、土間が広い稲作農家らしい造りです。

鉄砲山古墳

A) 移動区間-1
B) 忍城
参考) 足袋蔵めぐり
C) 移動区間-2
D) 古墳群
E) 移動区間-3
参考) 古墳博物館から「さきたま緑道」を歩いてJR北鴻巣駅へ
F) 古代蓮の里

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