川越街道・白子宿と湧水をたずねる:和光市駅~成増駅(509)―7km

小島家湧水

コースの特徴

  • 古くから生活のなかで使われてきた湧水地があちこちにあります。和光市は湧水の多い町です。
  • 武蔵野台地の東端、谷中川、白子川が侵食した起伏の多い地形(15~20mぐらいの上り下りが6回あります)を歩きます。
  • 古代には新羅からの渡来人が集落をつくり、江戸時代には川越街道の宿場町・白子宿がにぎわいました。
  • 緑が保存されている寺社や公園以外は、開発された(そして、開発されつつある)市街地を通ります。トイレは適度にあるので、安心です。

コースの概要

(1) 東武東上線/東京メトロ有楽町線・和光市駅→(2) 柿ノ木坂湧水公園→(3) 地蔵堂改築供養石仏群→(4) 新倉小下湧水→(5) 庚申塔→(6) 不動明王石像→(7) 新倉ふるさと民家園→(8) 天神ヶ谷戸公園→(9) 庚申塔→(10) 浅間大神(富士塚)→(11) 下新倉氷川八幡神社→(12) 尋常小学 東輝学校跡→(13) 東輝橋→(14) 成田山神護寺→(15) 瑞應山地福寺→(16) お石神さま→(17) 滝坂→(18) 小島家湧水→(19) 水元稲荷神社→(20) 白子村道路元標→(21) 富士嶽神社→(22) 武州白子熊野神社→(23) 湧水→(24) 富澤湧水→(25) 魚くめ→(26) 大坂ふれあいの森湧水→(27) 柴崎米店→(28) 新田宿八坂神社→(29) 新田坂の石造物群(子育て地蔵・道祖神)→(30) 東武東上線/東京メトロ有楽町線・成増駅

コースの地図

コースの区間距離

コ ー ス 区 間 区間距離 累計距離
(1)東武東上線/東京メトロ有楽町線・和光市駅→(2)柿ノ木坂湧水公園 737m 737m
柿ノ木坂湧水公園→(7)新倉ふるさと民家園 796m 1,533m
新倉ふるさと民家園→(11)下新倉氷川八幡神社 1,150m 2,683m
(11)下新倉氷川八幡神社境内一周 191m 2,874m
下新倉氷川八幡神社→(14)神護寺 959m 3,833m
成田山神護寺→(15)瑞應山地福寺 463m 4,296m
瑞應山地福寺→(22)武州白子熊野神社 705m 5,001m
(22)武州白子熊野神社境内一周 240m 5,241m
武州白子熊野神社→(26)大坂ふれあいの森 372m 5,613m
(26)大坂ふれあいの森一周 143m 5,756m
大坂ふれあいの森→(2829)新田坂の石造物群 532m 6,288m
新田坂の石造物群→(30)東武東上線/東京メトロ有楽町線・成増駅 453m 6,741m

コースの写真

509-川越街道・白子宿と湧水をたずねる:和光市駅~成増駅―7km に、コースに沿って、写真を載せてあります。ご覧ください。

コースの説明

はじめに

花の便りを待ちかねている一日、誘われて「川越街道・白子宿と湧水を訪ねる」へ参加した (2020年3月12日)。
湧水という言葉のきらめく水面のイメージが春を焦がれる心を引き付けたのであろうか、まさに水を向けられたのかもしれない。

柿ノ木坂湧水公園
柿ノ木坂湧水公園で元気に遊ぶ保育園児

和光市の「自然環境マップ」には20カ所もの湧水ポイントが記されている。坂と湧水の町なのである。
階段を下り「柿ノ木坂湧水公園」に入る。斜面を保育園児たちが大勢駈け回り大きな声が満ちていた。すり鉢状の公園の底には池があり、湧水ポイントは木立の奥にあった。

新倉下湧水
敷地の奥の隅に、コンクリート製の筒状の溜が見える

東京外郭環状道路を渡り、空き地に石仏や石像のある地蔵堂跡や児童公園を過ぎると、下り坂の途中、駐車場の奥の崖線の下部から湧き出ている「新倉下湧水」を見る。コンクリート製の筒状の“溜 (石枡)”があって湧水を集めているようだった。この地は何か建設計画があるようで、数年後にはこの湧水ポイントは見られなくなるかもしれない。

新倉ふるさと民家園
家のなかでいちばん立派な「出居」「奥」

「新倉ふるさと民家園」(旧冨岡家住宅)を見学する。冨岡家はこのあたりの農家の中でも格式が高く、「出居」「奥」と呼ばれる畳敷きの座敷は一帯のお鷹場を見回る役人を迎えたり冠婚葬祭に使用されたとのこと。出居の表側にある五畳間の玄関は当主さえ出入りしなかったそうである。
また寄棟造りの屋根を風雨から守り保護している覆いを「くれぐし」というそうで、土を入れて植物を根付かせている。アヤメ(5月)やユリ(7月)が咲くそうなのでその時期には屋根を見上げてみたいものである。

下新倉氷川八幡神社
頂上に富士嶽神社の石碑が見える

辺りの地形を表している「天神谷戸公園」(このコースはここまでもそうであったが、振り返ってみるとこの先も起伏の多い土地柄であった)を抜け「氷川八幡神社」をお参りする。富士嶽神社という富士塚があるので、ひと登りしてみた。大宮の氷川神社、宇佐八幡宮をお祀りしているようだ。

白子小愛唱歌
白子小学校愛唱歌「みどりのそよ風」(作詞 清水かつら・作曲 草川信)

笹目通りに出てから「成田山神護寺」へ向かうのであるが、途中の白子小の門前に碑があって白子小愛唱歌として「みどりのそよ風」が刻まれていた。
作詞の清水かつら(「靴が鳴る」「叱られて」「夕焼け小焼け」など)がこのあたりに住んでいたのか卒業生だったのか、しっかり読んでこなかったので不明だが、作曲の草川信(「夕焼け小焼け」「どこかで春が」「ゆりかごの歌」など)が私の住んでいる町に住んでいたこともあり、その偶然に驚いたり懐かしさを覚えたりもした。そっと「緑のそよ風」を口ずさんでみた。あの歌詞はこのあたりの風景であったのか。

瑞應山地福寺
地福寺の四脚門

東武東上線・有楽町線の反対側にある「地福寺」へ、高架線路のためなかなかうまくつながらず、ちょうど台地の際のため結構な坂を上ったり下ったりして、その坂の下りの途中に「滝坂・小島家湧水」が湧き出ていた。今は及ぶべくもないが、かつては、この坂は滝坂と名付けられるほどいくつもの湧水源があり水が流れ落ちていたのであろう。
「地福寺」は立派な四脚門の山門を持つ天台宗の寺で、境内も広く台地中腹に本堂がある。本堂の脇には地蔵池がありきっと湧水池なのであろう。少し前までは、本堂からは富士山はじめ丹沢山系などの山々が一望のうちに眺められた、と思われる。

武州白子熊野神社
熊野神社の湧水

「村道路元標」を見て「熊野神社」をお参りする。熊野神社は白子宿の鎮守、その鎮守の森の斜面はシラカシやヒサカキに覆われ、湧水をたたえる池もあり不動の滝が流れ出ている。この辺りは冨士講が盛んであったのか、大きな白子富士と呼ばれる富士塚がある。

富沢湧水
富沢湧水

「熊野神社」から川越街道を渡ると「富沢湧水」がある。富沢湧水は国分寺辺りではハケと呼ばれるであろう駐車場の向こうの崖線の下部から湧き出ていて、4,5カ所はあったろうか、あるいはプラスチックのパイプから、あるいは砂礫層の露頭から湧水が流出しているのが間近に見られた。サワガニオニヤンマカラスアゲハなどが富沢湧水で見られるそうである。

川越街道宿場町の面影
左・魚くめ/右上・富沢家/右下・柴崎米店

この辺りが白子宿の中心地であったらしく、宿場町らしい雰囲気が何となく感じ取れる。川越街道沿いにある商家が昔ながらの佇まいを匂わせながらわずかに残っているが、その中でも「魚くめ」の建物はおそらく関東大震災の後はやった防火建築らしく銅で覆われている。しかし東京でみられるような看板建築とは様子が異なっていて古風な趣が強い。
白子坂下の交差点を過ぎるともう一軒古い商店の柴崎米店がある。両方とも写真に収めておくと、とある時代の記録になるだろう。
白子坂下の信号から大坂通り(旧川越街道)へ入るとすぐに白子宿の名残りを思わせる建物「佐和屋 (富沢家)」がある。明治時代の建物でかつては荒物屋を営んでいたそうである。和光市景観10選に選ばれている。

大坂ふれあいの森
大坂ふれあいの森

少し先に、川越街道・白子宿のはずれになるが「大坂ふれあいの森」がある。斜面林にはムクノキやイヌシデなどの落葉樹が茂り、その林床にはカタクリイチリンソウキツネノカミソリホトトギスなどの野草が自生している。湧き水に恵まれ、崖地では関東ローム層や武蔵野礫層を見ることができ、小さな井戸の水面は地下水の高さを示している。湧き水の流れにはサワガニヘビトンボなどが見られるそうである。

新田宿
新田宿。右の道路は江戸時代の川越街道

川越街道に戻り白子川の東埼橋を渡ると、もう板橋区である。この辺りは新田宿で八坂神社道祖神が祀られ、八坂神社の脇から旧川越街道が白子川の方へ下っている。地下鉄成増駅、東上線成増駅まで、一息である。

(以上、by H.I.)

参考資料


各湧水地の調査報告は、埼玉県総合トップ > くらし・環境 > 環境・エコ > 水環境 > 水環境の監視・改善 > 埼玉県の湧水地について ~電子版湧水地マップを作成しました~ の「各湧水地について」にあります。

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