平林寺・野火止用水:新座駅~東久留米駅 (011)

京都まで行かなくても見事な紅葉が楽しめ、四季折々の自然を満喫する平坦なコース。

江戸時代初期の老中(将軍直属で、政務を統轄)だった、川越藩主・松平伊豆守信綱 (のぶつな) が開削した野火止 (のびどめ) 用水と、信綱が遺命によって岩槻からこの地に移転させた禅寺・平林寺(へいりんじ)を中心に、武蔵野の面影が残る一帯を歩く10キロメートルのウォーキングです。野火止用水に沿って遊歩道が整備されてクヌギやコナラなどの雑木林が両側に広がり、きれいに刈り込まれた遊歩道のツツジ、本多緑道のサクラ並木、遊歩道沿いや平林寺境内のイロハカエデアジサイ曼殊沙華ムラサキシキブなどが、それぞれの季節に彩りを見せてくれます。とりわけ平林寺は紅葉の名所で、例年11月20日ごろからの見ごろの時季は、たくさんのお客さんでにぎわいます。少しでも静かに風情を楽しみたい方は、平日に行かれることをおすすめします
コースのところどころに農産物の直売所があって、採れたての野菜や果物が並んでいます。

JR武蔵野線・新座駅―ふるさと新座館 (農産物直売センター・観光インフォメーションコーナー)―野火止用水公園 [野火止緑道]―山下橋―野鳥の森公園―伊豆殿橋―平林寺―平林寺堀―隅屋敷橋 (関越道)―総合体育館―本多緑道―史跡公園―野火止用水緑道―氷川神社―黒目川―西武池袋線・東久留米駅

このコースを歩く例会を実施したのは1999年でした。ネットに掲載するにあたって、先日、小雨の降るなか実際に歩いてみました。以下は、そのとき同行した人の感想です。

平林寺と野火止用水を歩いて

平林寺は重厚な総門を潜って、思わず、この雰囲気は? 一瞬 京都に迷い込んだ感じがする、
落ち着いた静けさの中に身を置き「無想又煩悩」から解放された気分が味わえる一瞬でした。

野火止用水に沿ったウオーキングさんぽ道は、クヌギ、コナラ、桜、萩、ムラサキシキブ、水引など、四季の花木のなかを散策…
子供の頃に返って散歩道を…
道草しながら楽しんで…

所々に農産物の直売店あり、新鮮な野菜類に、主婦は嬉しい、
地元の人に、里芋の保存方法を教えてもらった、
「里芋の皮を剥き食べやすい大きさに切って冷凍庫で保存」良いことを教わった。
リュックの中には旨みがギッシリ詰まった芋類を我が家へと…

雨の中の「平林寺」も良し、紅葉の「平林寺」も良し、二度も三度も楽しめるコースです。

写真はコチラをクリック ⇒ 011-平林寺・野火止用水:新座駅~東久留米駅

コース地図をご覧ください。

 新座市ホームページ「野火止用水をあるく」野火止用水をあるくリーフレット に、野火止用水の地図が掲載されています。

コース距離です。

ポイント 区間距離 累計距離
新座駅    
平林寺総門 3,210m 3,210m
平林寺内(境内林をまわると) 1,850m 5,060m
平林寺堀入口 510m 5,570m
平林寺堀出口 300m 5,870m
史跡公園 1,490m 7,360m
東久留米駅 3,280m 10,640m

 

*平林寺の境内は、いろいろなまわり方があり、放生池まででしたら、400メートルぐらいです。

コースの説明

JR武蔵野線・新座駅  1973年にJR武蔵野線の旅客駅として開業し、2002年に駅南口が再開発されてから、新設されたロータリーの周辺にスーパーマーケットなどが立地するようになりました。私ども「杉並ワンデーウォークの会」が1999年に実施したウォーキング例会のときは、「ふるさと新座館」がある場所まで、一面に広がる畑を見ながら歩いた記憶があります。

ふるさと新座館   新座農産物直売センター・観光インフォメーションコーナー・ふるさと新座館ホール ・野火止公民館があります。新座農産物直売センター(とれたて畑) は、JAあさかの直売所です。営業時間は (平日)10:00~17:00/(土・日・祝日)9:00~17:00で、月曜日および年末年始がお休みです。地場産の安全・安心な野菜・果物を数多く取り揃えています。

野火止用水  玉川上水(小平監視所)から野火止 (埼玉県新座市) を通って新河岸川にいたる全長約25キロメートルの運河です。幕府は承応元(1652)年、江戸の飲料水不足を解消するため多摩川から上水開削を計画し、老中で川越藩主の松平信綱が工事の総奉行となり、2年後に完成しました。その功績によって信綱は玉川上水から川越領内の野火止への分水が許され、承応4(1655)年、家臣に命じて野火止用水を作らせ、玉川上水7・野火止用水3の割合で分水したのです。野火止用水は、主に飲料水や生活用水として利用され、後に田用水としても利用されるようになりました。
また信綱は、江戸から見て荒川の内側を流れていた「本川」に、多数の屈曲をもたせる改修工事も実施しました。これによって川の流れを安定させただけでなく、河岸場をつくって江戸と川越を結ぶ舟運ルートを確立し、川の名も「新河岸川」としました。( 新座市ホームページ「野火止用水をあるく」に説明があります)

平林寺 (金鳳山平林寺)   臨済宗妙心寺派 の禅寺で、永和元 (1375) 年、さいたま市岩槻区 (当時は武蔵国埼玉郡) に創建されました。戦国時代、戦乱によって多くの伽藍を失っていたところ、関東に領地替えとなった徳川家康が鷹狩に訪れ、平林寺の由緒を聞いた家康は平林寺の再興を約束し、天正20 (1592) 年、住持として鉄山宗鈍禅師を招聘しました。
家康の江戸入府に際し家臣として共に上京した大河内秀綱は、平林寺の大檀那となって山門や仏殿等の伽藍の再建を行いました。秀綱の孫で、松平家の養子となった松平伊豆守信綱も徳川家に仕え、第3代将軍家光、第4代将軍家綱のもとで幕府老中を務めます。寛文3(1663) 年、岩槻にあった平林寺は、信綱の遺命によって野火止に移転します (なお岩槻には、埼玉県さいたま市岩槻区の大字(〒339-0076)として地名が残っています)。一族は代々に渡って大河内松平家廟所で供養され、今日に至るまで、平林寺が同家の菩提寺となっています。
幕府老中を務め、幕藩体制の完成に大きく貢献した松平伊豆守信綱は、島原の乱 (百姓の酷使や過重な年貢負担、カトリック信徒の迫害に耐えかねた島原の領民は、当時16歳の少年天草四郎を一揆軍の総大将とし決起した) を鎮圧し、明暦の大火の処理を行い、また、上述のように、川越藩主として玉川上水、野火止用水の開削事業も行いました。
平林寺境内林は武蔵野の風情を広くとどめる貴重な文化財として、昭和43( 1968) 年、国指定天然記念物に指定されました。雑木林としては国内唯一の天然記念物指定で、寺域として守られてきた境内林は、後年の追加面積も合わせて、現在およそ43ヘクタール (東京ドーム約9個分) が指定範囲となっています。( 平林寺ホームページ に詳しい説明があります)
平林寺の境内図は、平林寺ホームページ「境内案内」をご覧ください。

史跡公園  野火止用水は戦後、水質汚染がすすみ、1973年には東京都の水事情が悪化して玉川上水からの分水が停止されてしまいました。その後、埼玉県と新座市は「野火止用水復原対策基本計画」を策定して汚染対策を実施し、1984年には東京都の「清流復活事業」で高度処理水を流すことにによって水の流れが復活しました。それを記念して「史跡公園」が作られました。野火止用水はここで2つに分かれ、平林寺の中に進む用水と平林寺の北側に進む用水に分水していく様を見ることができます。

黒目川  小平霊園内の「さいかち窪」が源で、東京都東久留米市、埼玉県新座市、朝霞市を流れ、新河岸川へ合流する一級河川です。

ハーフコース? それとも、もっと歩きたい?

疲れた方は、

*平林寺境内を放生池まで見学するだけでしたら1,400メートル短縮されます。
*バス停・史跡公園から東久留米駅東口まで西武バスに乗れば、3,200メートル短縮されます。(バス時刻表は、NAVITIME をご覧ください)

歩き足りない方は、

*東久留米駅西口の湧水地めぐり(約4キロメートル)コースがあります。歩かれたい方は、お問い合わせください。

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